10月11日主日礼拝説教

説教「置かれた境遇に満足する」 牧師 福井博文
聖書 詩編23編1~6節、フィリピの信徒への手紙4章10~14節

 「さて、あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表してくれたことを、わたしは主において非常に喜びました。今までは思いはあっても、それを表す機会がなかったのでしょう。」
 この手紙の内容によりますと、フィリピの教会からパウロへ送られていた献金と物資の応援はしばらくの間途絶えていたようです。パウロはフィリピを離れたあと、ギリシャの町々で伝道しましたが、この間、フィリピの教会はパウロに、頻繁に献金と物資を送り届けたようです。信仰を与えられたフィリピの教会の人々は喜び、感謝をもってパウロの伝道活動を応援しました。しかし、教会の内部において、グループによる対立が起こるに及び、献金と物資の支援が滞るようになったと推測されます。
 その期間がどれほどであったかは知るよしもありません。しかし、教会が抱えた問題が解決の方向に向かい、教会は落ち着きを取り戻し、ついにまた献金と物資の支援が始まったのでした。パウロがこの手紙を書いたのは、一説に第三次伝道旅行の途中で滞在したエフェソでのことだったのではないかと考えられています。このことをパウロはことのほか喜びました。パウロが喜んだのは人々が自分たちの働きに利益をもたらしてくれるからということではなく、フィリピの教会に平和が訪れ、人々の心に、神と隣人を思う余裕と優しさが回復したことでした。パウロは人が神と隣人を気遣うようになるとき、神の祝福がその人の上に留まることを知っていたのです。
 そこでパウロは次のように述べます。「物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。」「物ほしさ」は、貧乏している、貧困であるという意味です。「習い覚える」は、知らなかったことを知る、学ぶという意味です。「満足する」は、自ら足るという意味です。
 パウロは、自分の欠乏を嘆くのでなく、むしろ、神に信頼して生きることの醍醐味(満足感)をフィリピの教会の人々に告げ知らせます。パウロは、様々な場面で神に助けられてきました。そのことによって、これまで知らなかったことを習い覚えたのです。それは無私の心で、神と人のために働いているとき、不思議と必要は満たされ、多くの信頼すべき仲間を得るということです。これは真面目なキリスト者が例外なく経験する喜びに満たされた生活です。
 パウロは当時としては珍しいことですが、伝道者、牧師という職業を選びました。その理由(わけ)は、復活のキリスト・イエスに出会い、そのことでまことの神の御姿に接することとなり、このお方と共に働きたいと思ったことがきっかけでした。実はパウロはユダヤ教ファリサイ派出身の宗教エリートとして、名誉、地位、財産を手にすることになっていました。それを振り切って、休むことの許されない苦労の人生を選んだのでした。
 そこでパウロが経験したことは、確かに想像を越えたものでした。普通であれば、意気阻喪して、もとの生活に戻りたいと考えるところです。しかし、パウロはこれらの経験を前向きに捉え、神さまからの貴重な贈り物と考えました。わたしたちの人生は前向きでも後ろ向きでも闘いの連続です。しかし、前向きに生きてみてその闘いの終わりに、練達した人は言います。「一番の厄介な闘いは、やはり自分との闘いです。」これほど重い言葉はありません。「本当の敵は自分の弱さだ。誘惑に負けそうになる自分だ。」
 人となられた神の御子主イエスも、究極の闘いは、ご自分との闘いでした。荒野での悪魔の誘惑、筆頭弟子ペトロの思いやりの言葉、ゲッセマネの園での血のような汗を流しての祈り、「もっと自分の命を大切にしなさい。」「本来ならあなたは人並み外れた名誉、地位を得ることができる立場ですよ。」という誘惑の声と戦い続けられました。
 そこでパウロも、主イエスに倣い、命を危険に曝しながらも神に従い続ける道を選びました。そこで得たものは律法学者としての成功と人々からの称賛ではなく、教会での多くの正直で誠実な人々、置かれた境遇で家族を愛し、誇りを持って懸命に働く人々との豊かな交わりでした。パウロはそのような人々に、神の慈しみと守りを語り、励まし、祈る中で、自分もその恵みに与ったのでした。
 今年はコロナ禍のためにお休みしていますが、渡辺和子さんの著書『置かれ場所で咲きなさい』をベタニア会で読んでいます。とても良い励ましを得ています。わたしたちは、「もし・・・であったら。」「もし・・・でなかったら。」ということを口にします。「無い物ねだり」をします。
 しかし、神は敢えてわたしたち今のような境遇を与えられました。これは偶然ではありません。「そこであなたは大切なものを見つけなさい。そこで咲きなさい。」神はそのように語りかけておられます。このことに気づかされるとき、わたしたちは初めて真の信仰者とされるのです。これがギリシャ語のマンタノーです。「習い覚える」ということです。このようにしてわたしたちは神の国に備えられます。 
 続けてパウロは言いました。「貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。」日本には「武士は食わねど高楊枝」という言葉がありますが、パウロは空威張りをしているのではありません。ここでは、どうして自分が満足しているかその理由を述べています。
 鍵になる言葉は「対処する秘訣を授かっている」です。秘訣を授かると訳される言葉は、英語ではイニシィエイトと訳されます。~に精通させる、~に通じさせると言う意味です。パウロは、貧しいときには神に祈り助けを求め守られてきました。豊かなときには神に感謝の祈りを捧げ余剰の金銭や物資を人に施しました。ですからパウロのもとで物が有り余っていることはありませんでした。
 パウロが主イエスに教えられたことは「神は生きて働いておられる」「神はわたしたちをいつも助けようとして待っておられる」ということでした。パウロは主イエスのために働く中で、信仰のある生活に精通するようになっていたのです。わたしたち人間の生涯は、カルヴァンが言うように、頼り行く者を裏切ることのない「まことの神を知る」ことのためにあるのです。
 「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。」わたしを強めてくださるは、強める、力を与えるという意味です。また、「すべてが可能」というパウロの告白は、パウロが到達した信仰の境地を言い表しています。ここにはパウロの神への絶対的信頼が表明されています。神の御心にかなったことであれば、不可能に思えることでも、時の経過と共に必ず実現することをパウロは信じるようになりました。
 現代においても軍拡競争は収まりません。大きな戦争への危惧が絶えません。「やられる前にやる」が人間の考える生き残るための常識です。しかし、この精神では核戦争への危機を収束させることはできません。キューバ危機のとき、意外なことに、ソ連のフルフチョフ首相から、ケネディー大統領に、「結んだひもの先を引っ張り合えば最後は誰にもほどけなくなってしまいます。」という比喩で、ひもをゆるめ話し合いたいとの提案が電報で送られてきたと言います。
 共産主義の国ソビエト連邦はその後、幼児洗礼を受けていたゴルバチョフ書記長のもとで、キリスト教国のロシアに戻りました。共に神を恐れ、神を尊び、神に信頼し、神の導きに従いましょうという精神が生まれたとき、核軍縮への取り組みは前進しました。
 パウロは最後に言いました。「それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。」フィリピの教会の人々は、パウロが受けた投獄、監禁という苦しみを共に味わったわけではありませんでした。しかし、パウロは言います。「よくわたしと苦しみを共にしてくれました。」監禁状態の中でも、パウロはひとりではありませんでした。フィリピの教会の人々が寄り添ってくれていたからです。
 主イエスは弟子たちに次のようなお話をされました。「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』
 すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』」(マタイ25・31~40)
 パウロは主イエスの弟子として最も小さい者の一人でした。それにも関わらず、フィリピの教会の人々は、祈りと献金と物資を通じてエフェソにいるパウロに寄り添ってくれたのでした。この言葉を書き送ったパウロには、伝道者、牧師の仕事を選んでほんとうに良かった、という言外の思いが込められているのではないかと思います。(聖霊降臨節第二十主日礼拝 10月11日)