12月6日主日礼拝説教

説教「この人は大工の息子ではないか」 牧師 福井博文
聖書 イザヤ書59章12~20節、マタイによる福音書13章53~58節

「この人は大工の息子ではないか。」これは久しぶりに故郷のナザレの町に帰省し、ユダヤ人会堂で説教をされた主イエスに対して、住民と宗教的指導者たちが発した言葉でした。確かに主イエスの父は大工のヨセフで、母はマリアでした。ヨセフの家系に古くはダビデ王がいました。しかし、バビロン捕囚からパレスチナに帰還した先祖たちは、複雑な婚姻を繰り返し、多くはヨセフのように普通の職業に就いていました。
ギリシャ語のテクトーンは石工職人という意味もありますが第一義的には大工でした。当時の大工はベッド、箱、棺桶、それ以外には、鋤(すき)や軛(くびき)等も造りました。大工はお金持ちというわけではありませんでしたが貧しいというほどでもありません。主イエスには4人の弟と少なくとも2人の妹がいました。男子の名前は残されていますが、女子は名前が残されていません。彼女たちはエルサレム教会に参加しませんでしたが、ガリラヤ地方に残って、ガリラヤ教会の一員になったと考えられています。
大工の子という表現は、父ヨセフの職業を低く見るだけでなく、主イエスが十分な教育を受けていないという意味も含んでいました。近隣の人々は、主イエスが「神について語る教師」として、大した学歴や教養もなく傾聴するに値しないと考えたのです。しかし、主イエスにも優秀な教師はいました。ユダヤ人会堂のラビ、それだけでなく草花、果樹、野菜、麦、鳥、動物、昆虫たちでした。
こういった豊かな自然環境の中で育たれた主イエスは、大工の技術を身につけると共に、自然への鋭い観察力を通して、信仰的な事柄についても、深い洞察力を養って行かれました。その証拠に主イエスは12歳の時、神殿の境内において学者たちを相手に賢い受け答えをしておられたと記録されます。
しかし、「人々はイエスにつまずいた。」と記されます。人は自分の意に沿わないと何かの理由を付けてこれを拒絶するものです。もし主イエスに人並み外れた学識と経験があったとしても、結果は同じであったでしょう。
この後、主イエスは「預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけである。」と言われ「あまり奇跡をなさらなかった。」と記されます。主イエスは、人々に現世利益をもたらすのでなく、生きた信仰に導こうとされました。別の角度から言うと、救われるためにはどうすれば良いのかということを語られたのです。主イエスは「永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか。」と質問した若者に対し「掟を守りなさい。」「行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。それから、わたしに従いなさい。」と言われました(マタイ19・16~22参照)。このことも人々のつまずきになったと考えられます。「つまずく」はギリシャ語のスカンダリゾーです。信仰で応答しないで不信仰で応答した、という意味です。
主イエスはご自分のことを「預言者」と自認しておられました。預言者は、神に対する人の罪を指摘し悔い改めに導く働きをする者です。人々の傲慢、欲望、不正、暴力をただし、神への謙遜に導くことが仕事でした。預言者は人から尊ばれながら、しかし、遠ざけられる職業でした。少し前には、主イエスは気が変になったと思い、家族が取り押さえに来るほどでした(マルコ3・20~30参照)。
結局、主イエスは学識と利益を求められるばかりで、人々は真面目に神の言葉に耳を傾けようとしませんでした。ここに神と共に働く方の知られざる孤独と苦難が記されます。何をしても人は神に背を向け、神を愛し、神に感謝しようとはしないのです。これは主イエスだけのことではありません。主イエスの弟子として従うすべての者が経験することでもあります。
しかし、わたしたちは故郷や家族が不信仰と決めつけ裁かないようにしましょう。焦らず、慌てず、諦めず、です。その中で自らの信仰生活を整えていただき、社会において世の光、地の塩であり続けましょう。主の降誕日が近づいています。いつの日かきっと故郷や親戚、子や孫から一目置かれる日が来るにちがいありません。(待降節第二主日礼拝 12月6日)