星々を見上げる人

聖書 創世記 15章1〜18節b | マルコによる福音書 2章18〜27節

 降誕前節に今、私たちはいます。アドベント(待降節)に入るまでは、旧約聖書を読むことが、教会暦で定められています。

 本日は旧約聖書の中の創世記の、アブラハム物語を読みました。アブラハム物語において私たちが知ることができるのは、何でしょうか。それはまず、神の言葉に対するアブラハムの反応と、更に示される神の御心です。神は、アブラハム(後のアブラハム)に「恐れるな」(1節)と言われます。

 アブラムは後継となる息子がいないことで不安を覚え、恐れていました。それで、神はアブラムを外に連れ出されます。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。あなたの子孫はこのようになる。」(5節)。この言葉によって、神は祝福の約束を与え続けます。アブラハムを導き、アブラハムから続く民を救い、いつまでも祝福を与えたいからです。

 創世記14章は、戦に参加したアブラハムの記述でした。「ヘブライ人への手紙」に引用される、メルキゼデクの祝福を含んでいます。「これらのことの後で」と次の章が始まるのは、唐突のように感じます。

 しかし15章は、12章から25章まで続くアブラハム物語の中で重要で、12章とセットで、旧約聖書の中心的なメッセージを伝えるものです。それが、星を見上げた祖先の、ロマンチックな場面描写と、原始的な契約儀式と、神の言葉によって、まとめられているのです。

 そこに、祝福を与えたい神に対する人間の応答が記されています。

 アブラハム物語は、創世記の終わりまで続く「族長物語」の最初に置かれます。12章1〜3節にある、次のような言葉によって始まります。

 「あなたは生まれ故郷 父の家を離れて、わたしの示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし あなたを祝福し、あなたの名を高める 祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて あなたによって祝福に入る。」

 神の約束に基づいて、アブラハムの旅が始まるのです。

 創世記11章の系図によると、アブラムは、故郷であるカルデアのウルを父テラと甥ロトと妻サライ(後のサラ)と共に、まずハランまで行きます。父テラは、ハランで死にます。テラの系図の後に、神の言葉があって、アブラムは家族と旅立ちます。

 アブラハムは、のちに、息子イサクと後に続く子孫とを与えられます。新約聖書に引用される、「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と言葉があります。

 イエスも教えの中で語られましたが、民の祖先の神は生きて働かれる方なのです。神がアブラハムに見せた星々は、「子孫」をあらわします。暗い空に、信仰による子どもたちの「しるし」が輝くのです。

 儀式に用いられた切り裂かれた動物は、「契約を破ったらこのように切り裂かれる」との意味が込められたものです。その間を通る火は、この契約の儀式において神が現れたことを意味します。暗闇に浮かぶ火は、モーセの燃える柴の記事と同じように、神が近くに来られたことのしるしです。

 主なる神が主導となり、恵みのしるしと契約をアブラムに与えました。それらが、アブラハムを励ましました。

 神の命令「行きなさい」に対して、まずアブラハムは従いました。神の祝福の約束から、旅が始まりましたが、この時、75歳です。不安があったでしょう。

 しかし、励ましを与えられ、信仰によって義とされて、アブラハムもアブラハムの子孫も、加えてアブラハムの周囲の者も、アブラハムを通して諸国の民も、祝福を受けるという約束へと向かったのです。

 イエス・キリストを中心とする、救済史に置かれた私たちも、この祝福の内に置かれます。

 神が「祝福する」ことに対して、アブラハムは行動をもって受け止めました。「アブラムは、主の言葉に従って旅立った」(12章4節)のです。

 覚えておくべきは、約束がまず与えられたことです。しかも未来に起こることの、約束だったことです。アブラハムは神に頼っています。神を信じています。しかし不安もあったでしょう。それで、不安に陥った時には約束を思い出していたでしょう。

 ここに祝福の言葉は重ねられます。イエスを信じて神に義とされた人たちの物語を記した新約聖書にもつながっていきます。信じた者に祝福があると考えられています。しかし、これから救われる人々に神の祝福はあります。

 救いを信じる人とその子どもに、周囲の人に、共に生きる民にも、祝福はあるのです。

(2021年11月7日 降誕前節第7主日礼拝 説教要旨 牧師 片岡宝子